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【和歌山高専】世界初!コウモリダコの巨大ゲノムの解読に成功 ~深海生物のゲノム多様性について新たな知見~

リリース発行企業:独立行政法人国立高等専門学校機構

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この研究に用いたコウモリダコの標本

 和歌山工業高等専門学校(和歌山県御坊市 校長:井上 示恩 以下「和歌山高専」)のスティアマルガ・デフィン准教授は、島根大学、オーストリア・ウィーン大学、国立遺伝学研究所、東京大学及び情報・システム研究機構との共同研究で、幻の生きた化石とされるタコの仲間「コウモリダコ」の全ゲノム配列の解読に世界で初めて成功しました。

■本研究のポイント

- コウモリダコVampyroteuthis infernalisの全ゲノム配列を解読し、これまでに知られている動物で3番目に大きく、頭足類(イカとタコの仲間)では最大級の約12 Gbp (ギガ塩基対)の巨大ゲノムを持つことを明らかにした。
- コウモリダコのゲノムは長鎖散在反復配列(LINE)という自己増幅性の転移因子の増幅によって巨大化しており、この特徴はタコよりもむしろイカ類に類似していた。
- コウモリダコのゲノム構造と核型構成は頭足類の祖先的特徴を保持しており、タコ類が大規模な染色体融合と再編成を経て進化したことを示している。
- これらのことから、タコはイカのような生物から進化したことが示唆される。


■概要

 コウモリダコは中生代に繁栄した古いタコの系統の生き残りで、現在は深海に生息している希少な種類です。今回日本近海で得られたコウモリダコの全ゲノム配列を世界で初めて解読しました。
 コウモリダコのゲノムは、他のタコと比べて巨大化しており、想定外に巨大な12 Gbpであることがわかりました。コウモリダコのゲノムはLINEという機能のない転移因子の増幅によって巨大化しており、この特徴はタコよりもむしろイカ類に類似しているものです。また、遺伝子シンテニー解析を用いたゲノム比較においても、タコよりもイカ類と似た痕跡が発見されました。コウモリダコはタコ類に分類されるものの、両系統に先立つ古代の遺伝的特徴を維持していることが明らかになりました。これは現代のイカとタコ類がどのように進化してきたかを調べるミッシングリンクを埋める研究となります。

■研究の背景

 コウモリダコ(Vampyroteuthis infernalis)は深海の中で最も謎めいた生物の一つとして知られています。暗色の体、赤や青に輝く大きな眼、腕の間に広がるマントのような膜を持つその姿から名付けられた学名は、直訳すると”地獄の吸血イカ”になりますが、見た目や物々しい名前とは裏腹に血を吸うことはなく、深海のスローライフに適応しています。彼らの主食は、上層から降る有機粒子の集合体・マリンスノーで、伸縮自在のフィラメントに粘液をまとわせ、粒子を腕の膜で集めて摂餌する様子が確かめられています。これは知られている限り、他のイカ・タコには見られない独特の採餌法です。また、コウモリダコの生息地は酸素が極端に少ない酸素極小層であり、ここで無駄なく生き抜くため、代謝が際立って低く抑えられている特徴をもつ、興味深い生物です。系統的には、イカ(十腕形類)とタコ(八腕形類)の中間に位置するコウモリダコ型類の唯一の現生種であり、両者の分かれ目を語る鍵生物です。

■研究の成果

 今回、東海大学の実習船で得られたコウモリダコの新鮮な生体を提供してもらい、先進ゲノム解析研究推進プラットフォームの支援で、国立遺伝学研究所が持つDNAシーケンス解析機器を用いてコウモリダコのゲノム配列を解読することに成功しました。コウモリダコのゲノムは、他のタコと比べて巨大化しており、想定外に巨大な約12 Gbpであることがわかりました。これはヒトゲノム(30億塩基対)の約4倍の大きさであり、これまでに解析された無脊椎動物のゲノムとしては最大級です。
 生物のゲノムサイズ(ゲノムのDNA量)が、その生物の複雑さや生物種によって決まるわけではなく、遺伝子の数や複雑性もゲノムサイズの大きさと比例しないことが多いです。例えば、ヒトよりもカエルのゲノムサイズが大きいといった例が知られており、C値のパラドックスと呼ばれています。これは、ゲノムの塩基配列全体が遺伝子として機能しているわけではないことにより、生物の複雑性はゲノムサイズや遺伝子の数だけでは決まらないことを示しています。コウモリダコにおいては、他のタコ類と比べて大きく遺伝子数は変わることはなく、そのゲノムは自己のコピーを増やす性質を持つ転移因子、特にはLINEが大幅に増加したことで巨大になっていることがわかりました。
 その一方で、ゲノム上に並んでいる遺伝子は他のイカ・タコ類の間で驚くほど保存された構造を示していることもわかりました。ゲノム上の遺伝子の並びを比較する遺伝子シンテニー解析によると、コウモリダコの遺伝子の並びはヤリイカやソデイカといったイカ類のゲノムと一対一で対比することが可能であることが見出されました。この保存されたゲノム構造によると、コウモリダコはタコに分類されるものの、両系統に先立つ頭足類進化の最も初期段階を保持しているものと推定されます。
 今回の研究結果は、巨大ゲノムを高品質に読み解くことで、タコとイカの共通祖先が従来考えられていたよりもイカに近い形態であったことが示されました。イカに近い核型の面影を保つコウモリダコゲノムを基準に据えることで、現生タコ類の染色体がどのように“派生形”へと移り変わったのかを見通すことが可能になります。このため、コウモリダコは「ゲノムの生きている化石」ともみなすことができ、つまり進化の過去における重要な特徴を保持した古代系統の現代的な代表種であることが明らかとなりました。

■今後の展望

 本研究から得られた意外な発見として、深海性の頭足類が古代に起こったゲノム進化の特徴を長年に渡って保持していたことです。これは、さらに古い系統であるオウムガイ(Nautilus pompilius)のゲノムにおいても同様で、保存されたゲノム構造を持つことと共通しています。つまり、深海に生息する「生きた化石」のゲノム解読は、古い時代に起こったゲノム進化の手がかりとして、現生の頭足類の急進的な進化を明らかにする比較対象と得難い情報を与えてくれます。
 また、一生に一度に卵を産んで燃え尽きるイカ・タコの単回産卵と比べ、コウモリダコは休止期を挟んで何度も産卵する“反復産卵”を行うとされています。これは、深海で限られたエネルギーを小出しに繁殖へ回すための倹約の戦略と言えます。深海生物はこのような生理的な特徴を備えていることから、そこに共通の遺伝的メカニズムが存在することが期待されます。今後の展開として、低代謝や反復産卵、ゲノム巨大化を達成するための機能研究が次の研究課題となりますが、全ゲノム解読はこれらの研究のすべての基盤として用いることができます。日本近海は深海魚漁や調査が盛んなため、このような深海生物の研究を行うための貴重なサンプルを得るのに適した土地であると言えます。

■研究プロジェクトについて

 本研究は、和歌山高専のスティアマルガ・デフィン准教授と島根大学生物資源科学部附属センター海洋生物科学部門(隠岐臨海実験所)の吉田真明教授およびウィーン大学のOleg Simakov教授が主責任者で、サンプル採取から進化解析、遺伝子シンテニー解析を主導しました。加えて、東京大学大学院理学系研究科の大学院生で和歌山高専卒業生の廣田主樹氏、ウィーン大学の Emese Toh氏、今 琴氏、今 鉄男氏、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授、藤英博特命准教授、情報・システム研究機構の野口英樹教授、宮澤秀幸氏、寺内真氏(ゲノム解析担当)も共同で研究に参画しました (研究当時)。
 本共同研究は、2025年10月23日に英文論文誌iScienceにオンライン公開され、11月21日に同誌のVolume 28 Issue 11に掲載されました。この研究は、文部科学省科学研究費助成事業(19K12424, 22K06340, 23K11511)、先進ゲノム支援事業(PAGS)(22H04925)、武田科学財団(2023年)、笹川科学研究助成(2024年)、および国立高等専門学校機構GEAR 5.0 Projectの助成を受けて実施しました。

■論文情報

論文タイトル:Giant genome of the vampire squid reveals the derived state of modern octopod karyotypes (吸血イカの巨大ゲノムが明らかにした現代のタコ類の核型における派生状態)

著者:吉田 真明(*1), Emese Toth(*2), 今-南條 琴(*2), 今 鉄男(*2), 廣田 主樹(*3)(*4), 豊田 敦(*5), 藤 英博(*5), 宮澤 秀幸(*6), 寺内 真(*6), 野口 英樹(*6), スティアマルガ・デフィン(*3), Oleg Simakov(*2)

*1 島根大学生物資源科学部 *2 ウィーン大学 *3 和歌山工業高等専門学校 *4 東京大学総合博物館 *5 国立遺伝学研究所 *6 情報・システム研究機構
掲載誌:iScience
  URL: https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113832

島根大学について

 島根大学は 1949 年に設立された国立大学で、松江・出雲の 2 キャンパスを拠点に地域と世界をつなぐ教育・研究を展開しています。法文学部、教育学部、人間科学部、医学部、総合理工学部、材料エネルギー学部、生物資源科学部の全 7 学部を有し、STEAM 教育やグローバル教育、地域課題解決型学習を重視。フレックスターム制度により留学やインターンシップの機会も充実しています。豊かな自然環境に囲まれたキャンパスで、ものづくり教育やアントレプレナーシップ教育を推進し、地域社会と連携した実践的学びを提供する大学です。
 2023 年 4 月には地域産業振興に資するマテリアル分野の教育・研究を強化する「材料エネルギー学部」を設置、2024 年度には同分野の社会実装を担う「先端マテリアル研究開発協創機構」を始動させ、高度専門人材の育成と産業イノベーションの創出を目指しています。地方創生に大きな役割を果たす知の拠点として、総合大学の知見を持続可能な社会づくりに活かし、地域に活き世界で輝く大学として発展を続けていきます。

島根大学 松江キャンパス 外観

【大学概要】
大学名:島根大学
本部所在地:島根県松江市西川津町 1060
学長:大谷 浩
設立年(設置認可年):1949 年
大学ホームページ: https://www.shimane-u.ac.jp/
大学の種類:国立・大学(大学院大学を含む)
総学生数(学部):5,399 人、総学生数(大学院):795 人、総教員数(本務者):732 人

国立遺伝学研究所について

 国立遺伝学研究所は、我が国で唯一の「遺伝学に特化した研究所」として設立されました。遺伝情報から生命の謎を解き明かすことを目指し、先端的な研究や新たな研究分野の開拓に取り組んでいます。30以上の研究グループが多様な生物を対象に、基礎から応用まで幅広い研究を展開し、生命システムの理解を深めています。また、世界各国の研究機関と連携し、国際塩基配列データベースの維持管理やバイオリソース事業においても重要な役割を担っています。さらに、大学共同利用機関として、生命科学に携わる国内外の学術界や産業界に対し、最先端の遺伝学研究を共同で行う場を提供するとともに、若手研究者の育成にも力を注いでいます。構内には品種保存を目的に約230種、650本以上の桜が植えられており、その豊かな景観も研究所ならではの特色です。桜が咲く4月には一般公開イベントを開催し、最新の研究内容を紹介する展示も行っています。

国立遺伝学研究所 本部棟 外観

【研究所概要】
機関名:大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
所在地:静岡県三島市谷田1111
所長:近藤 滋
設立:1949年
URL:https://www.nig.ac.jp/nig/ja
事業内容:大学共同利用機関として遺伝学に関する研究・教育および共同利用・共同研究を推進

和歌山工業高等専門学校について

 和歌山高専は、国立工業高等専門学校として1964(昭和39)年に設置された、和歌山県中南部における唯一の高等教育機関です。
 本科は知能機械工学科、電気情報工学科、生物応用化学科、環境都市工学科の4学科を有し、さらに、専門的なエンジニアを育成するためメカトロニクス工学専攻およびエコシステム工学専攻の専攻科が設置されており、本科約800名、専攻科約40名の計840名が在籍しています。エンジニアとしての素養を身につける基礎教育と、実践を重視した専門教育を効果的に行うことにより、工学を社会の繁栄と環境との調和に生かすための創造力と問題解決能力を身につけ、豊かな人間性と国際性を備えた人材の育成を目指します。

和歌山高専 外観

【学校概要】
学校名:独立行政法人国立高等専門学校機構 和歌山工業高等専門学校
所在地:和歌山県御坊市名田町野島77
校長:井上 示恩
設立:1964年
学校ウェブサイト:https://www.wakayama-nct.ac.jp/
事業内容:高等専門学校、高等教育機関

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