企画展「和歌山城と豊臣政権」が8月8日、わかやま歴史館(和歌山市一番丁)で始まった。
築城当初の様子のほか、初期城主の豊臣秀長や桑山重晴を出土遺物や書状などの資料から紹介する同展。前期・後期で一部展示を入れ替え、全23点の資料を展示する。
1585(天正13)年に紀州を平定した豊臣秀吉が、弟の秀長に築かせた同城。築城後、四国攻めで総大将を務めた秀長は郡山城(奈良県)に移り、家臣の桑山重晴が城代となった。
場には、貴重な秀長直筆の書状や和歌山城主としての重晴の動きが分かる田地寄進状、桑山家の家紋の桔梗(ききょう)紋があしらわれた軒丸瓦などを展示する。そのほか、和歌山城と郡山城のそれぞれの石垣を作るため寺院などから集められた石材・転用石を比較展示する。
このほか、和歌山城天守閣楠門内では、秀長の家臣で「築城の名人」と呼ばれた藤堂高虎が設計を手がけたとされる17の城を紹介するパネル展示も行う。和歌山城のほか高虎が居城とした猿岡山城(紀の川市)、高虎が考案した上層階にいくごとに規則的に小さくする「層塔型天守」を持つ今治城、伏見城や大坂城、江戸城、二条城など巨大城郭を紹介する。
和歌山城整備企画課の学芸員・伊津見孝明さんは「和歌山城といえば徳川の城のイメージが強く、秀長が築城し桑山家が城代として治めていたことを知る人は意外と少ない。和歌山城は大阪を守る重要拠点だった。四国や瀬戸内海にも近く、水上交通の要でもあり、初期は時の権力者の意向で城主の配置が頻繁に変わった歴史がある」と話す。「秀長が同時期に築城した郡山城の転用石と和歌山城の転用石の比較が見どころ。花こう岩と砂岩の違いのほか、当時の経済力や地理的条件の違いも感じてもらえたら」とも。
「パネル展では、あえて天守ではなく、高虎が直接関わった可能性が高い石垣の写真をメインに構成した。各地へ足を運び、太陽の向きまで計算して撮影したこだわりの写真にも注目してもらえたら」と伊津見さん。
わかやま歴史館の開館時間は9時~17時。入館料は、高校生以上=100円、中学生以下無料。展示は10月26日まで。和歌山城天守閣の開館時間は9時~17時30分。入館料は、高校生以上=410円、小・中学生=200円。展示は2027年1月24日まで。